(2006-07-09更新)
== 2006年度インデックス ==
開 催 日 | イ ベ ン ト |
2006-06-17 | 安曇野合宿 |
2006-04-21 | ミニ作戦会議 |
2006-02-04 | 2006年 新年同期会 |
2005-11-12 | 50歳記念滋賀京都旅行 |
2005-09-03 | 2005東京同窓会&同期会 |
●自然と芸術の安曇野合宿
4月の作戦会議で立てた計画がひとつ実現しました。3年前に続いて2度目となった安曇野合宿です。
6月17日(土)、18日(日)の2日間(一部の人は金曜夜から現地入り)、時期が時期なので梅雨に降り込められる覚悟で出かけましたが、誰の行いが良かったのか、2日とも日中は上々のお天気で、今年初めての初夏らしい日差しの下での休暇を満喫しました。
ところで、レポートタイトルの「自然」はともかく「芸術」とは何じゃ?と思われるかも知れませんね。いや、確かに安曇野ならではの美術館めぐりなどもした我々ではあったのですが、それだけではなかった。我らが芸術家、佐藤哲士君の絵心が2日間に亘って大爆発してしまったのです。すばらしいよ、近々このHPでもまとめてギャラリーとして公開したいと思いますが、とりあえず、左のインデックス上に1枚だけ貼り付けておきます(ちなみに、タイトルは「もみじかかえでか」)。
(「哲士の安曇野スケッチ」アップしました。)
さて、時期外れだったおかげで高速道路の混雑もなく、午前中の内に全員集合、昼食は当然信州蕎麦ですが、何でこんな町からも幹線道路からも外れたところでやっていけるの、という立地にも関わらずお店は適度に繁盛しております。ただのもり蕎麦がとってもうまかった。
食材の買い物など済ませながら宿に帰りついたのが2時過ぎ頃だったか。一風呂浴びても、まだ夕食の準備にかかる時刻でもないし。五十過ぎの不良中年たちのすることと言えば、「とりあえず」とか何とか言いながら、冷蔵庫から缶ビールを出しては飲み出しては飲み...。なお、この時点ではまだ、前夜4時まで飲んでいたという哲士君は絵心と共に座敷で爆睡しておりました。
合宿と言えばいつも料理に腕を振るってくれる小坂君ですが、今回のテーマは「ロハス」ということで、あっさり、ヘルシー路線でまとめてくれました。信州特産の馬刺と、えび(冷凍)、かに(さっきまで動いていた)のボイル、若干のホタテとアイナメのほかは全て野菜。それもサラダ系の軟弱なやつはレタスのみで、あとはかぼちゃ、サツマイモ、ジャガイモ(男爵&メイクイン)を味なしで茹で上げたもの、それに大根の薄切りはホタテなどと一緒にしゃぶしゃぶ、という豪快さ。それも分量が半端じゃなくて、腹がパンパンになりましたが、なにせこの内容なので、もたれた感じは全然なく、本当にヘルシーな夕食でした。
ところで、日曜日の夜10時からサッカーW杯の対クロアチア戦ということもあったかも知れませんが、何と10時半には全員寝てしまうという健全さ。おかげで、翌日も7時過ぎには全員が食卓に集まり、前夜のしゃぶしゃぶスープを使ったおじやの朝食。ホントに健全。
その後の片付けの手早さといったら、これはこれで芸術的だったかもね。全員で寄ってたかって、洗う、拭く、並べる、掃く、整える...。回を重ねて慣れてきたせいもあるかもしれないが、手際も仕上がりも鮮やかなもんでした。
9時頃には出発。レポートは端折りますが、碌山美術館、大王わさび農園とそこそこ観光もして、有明神社大鳥居脇の蕎麦屋で今日も昼食は信州蕎麦。最後にアートヒルズミュージアムに寄って、解散、でありました。
今回参加したのは、以下の8人。(順不同)
柿本美代子、中山(北川)泉、三島(浜保)知子、小丸一史、小坂昇、佐藤哲士、福島輝美、三宅明人
それから、わざわざ中国の大連から電話をかけてくれた西谷隆志君、ありがとう。
●ミニ作戦会議
ミニのつもりで始めた作戦会議でしたが、思いがけず突き抜けたアイディアの飛び交うミーティングになりましたよ。
良く晴れた4月21日(金)の仕事帰り、場所は、JR飯田橋駅近くのボートハウス・レストラン「CANAL
CAFE」のオープンデッキ。花冷えの時期が過ぎたと言っても、寒い日は寒い。赤いフリースの膝がけにすっぽり肩から包まって、まるで還暦パーティのような怪しい8人組の男女でした。
さて、作戦会議の成果ですが、
・まず近いところで、今年の6月のどこかの土日を利用して信州安曇野で山の空気と新緑を満喫しよう。
・次、今度の冬こそ温泉のあるスキー場で年齢相応のスキーを楽しもう。
・それからこれはほとんど1年後の計画ですが、とにかく花見をしよう。
・最後に、3年後メド、会社(もしくはNPO)を起こそう。
どれも書いてみれば実現しそうな気がしますね。決まったのから「今後の予定」にアップしますので、確認しておいてください。
今回参加したのは、以下の8人でした。(順不同)
柿本美代子、中山(北川)泉、松本(三山)玲子、井上健一郎、小丸一史、小坂昇、古志晃章、三宅明人
あ、それから電話参加の佐藤哲士。
●2006年 新年同期会
昨年12月以来もう2ヶ月余りもみごとに寒い日が続くこの冬、すでに立春も過ぎたというのに今日も青く冴え渡った空とキンキンに冷えた北風という典型的な関東の冬の一日になりました。しかしそれも集まった14人には、旨くて暖かいひと時を過ごす格好の舞台設定となりました。
2月4日土曜日、午後4時。会場は、下町新富町の路地裏、大人の隠れ家と言わんばかりに地味なたたずまいの割烹「一清」。開会までに何人迷子が出ることかと心配しましたが、案内と地図を握りしめた同期たちが、一人また一人と無事到着。結局、捜索隊が出たのは某テッシ君だけだったと言うのはなかなか優秀な成績と言って良いでしょう、ウン。
築地の市場が目と鼻の先という場所柄、新鮮な魚介と板さん腕よりの料理は最高でした。特に、中トロ、あわび、ウニ、白魚、ホタテ、寒ブリ、鯨、etc.etc.が山盛りのお造りは絶品でしたね。最後はしゃぶしゃぶとうどんで仕上げて大満足の宴会でした。ウーンこれぞ大人のクラス会ってものだな。ちなみに、つくってくれたのはモヒカン頭のこの店の大将、昭和30年早生まれの我々には1コ先輩ということですね。
今回は、柿本さん、中山さん、松本さん、有宗君、井上君、島谷君といった常連達がそれぞれ忙しくて参加できなかったのが残念でしたが、実はこの6人と今回も参加してくれた古志君は1月20日にゴルフ同好会の例会をやっていて(寒い中ご苦労!!)、HPでは報告しなかったけれど、ラウンド後の反省会には仕事帰りの何人かも合流して、プレ新年会は済ませておりました。その代わりというわけではないのですが、たまたま帰国していた海外組、北京から西谷君、シンガポールから村上君らも参加、また久々に藤井秀延君も顔を見せて、なかなか充実の同期会になりました。
それにしても良く食い良く飲んだ。本日の仕込み分をあらかた食い尽くした8時過ぎ頃、門田学年幹事のスピーチできれいに締まって、会計もきれいに締まって、解散。今年もいい年になりそうだ。
今回集まったのは、以下のメンバーでした。
参加者: (クラス順) 村上章二、佐藤哲士、福島輝美、三宅明人、 門田廣夫、小坂昇、三島(浜保)知子、岡本 (種本)久子、藤井秀延、西谷隆志、西山(高橋) 澄子、古志晃章、小丸一史、藤井克則 |
同窓会報「誠之館」(平成18年号)の学年だよりコーナーに昭和49年卒からこの旅行のことを報告しました。凝縮に努めたつもりでしたが大幅字数オーバーで、結局会報にはダイジェスト版が載ることに。 ということで、ノーカット版は → こちら |
快挙のひとこと!! 卒業から30年以上もたっているのに、それも60人近い人数が、こうして集まってくるなんて。今回涙を飲んだ人たちには申しわけないけど、本当に楽しかったです。うらやましがってもらうしかない。
11月12日(土)朝、関東では夜来の雨も上がって雲間から青空がのぞき始め、その時点から楽しい2日間の予感がありました。福山、東京だけでなく、大分、広島、大阪、北京、シンガポール等々、各地からの参加となったわけですが、新幹線が京都に近づき、在来線に乗り継ぎとしているうちに、徐々に合流する顔ぶれも増えていき、会場の雄琴温泉「湯元館」のロビーでまた懐かしい顔を見つけ、と、いやでもムードも高揚していきます。
さっそく一風呂いただいて、6時半宴会スタート。カンパーイ。即、無礼講。いやあ、60人の宴会というのはなかなか壮観ですよ。大広間にお膳の長い列が4列にも並んで。その列が、最初はやはり女子の部と男子の部にきれいに分かれていまして、なんだこの歳になってもシャイなところは高校時代と同じか、という感じでしたが、あっという間に無礼講。あっちでもこっちでも車座ができて、話が弾んでおりました。
9時頃お開き。その後は、ラウンジや各部屋に分かれて、また思い思いの2次会、3次会が展開されておりました。意外にも昔話はほとんど出ず、専らお互いの情報交換(こし方&現在)に余念なしという風情でしたね。2002年5月の同窓会やその年11月の東京同窓会で顔を合わせた人もいたけれど、卒業以来という人にもたくさん会えました。高校時代はほとんど口をきく機会がなかった人たちともゆっくり話ができました。
さて、夜更かしにもかかわらず、さすがせっかくの温泉は満喫しようという貪欲さか、はたまた歳のせいかは知りませんが、皆意外と早起きで朝湯を楽しんだようです。ちょうど日の出が6時過ぎ頃で、露天風呂から望むピンク色の琵琶湖、対岸に端正な姿を見せる薄紫色の三上山(近江富士)、そして淡いオレンジの旭日の三点セットは、まさに一幅の水彩画でしたね(我ながら陳腐な表現...)。
二日目は滋賀・京都めぐりのバス旅行。日曜と言うのにこれから仕事という何人かと別れを惜しんだ後、50人ほどの同級生達が一台のバスに乗り込みます。ガイドとして同行してくれた自称「二十歳の小娘」あいちゃんの名調子に茶々をくれながら、三十数年ぶりの修学旅行生達がまず向かったのは比叡山延暦寺。昨日に続いて快晴で暖かな秋の日でしたが、さすがにお山の上は気温が低く、紅葉がとてもきれいでした。我々がわずか1時間ほどの間に見たのは延暦寺のごく一部でしたが、鐘楼、根本中堂、文殊楼と巡るだけでも、急坂道あり、大階段あり、建物の中の階段(はしご?)ありと結構ハードな散歩でした。
続いてバスはお山を京都側に下り、平安神宮を車窓から眺めた後、紅葉の名所、南禅寺へ。残念ながら今年はまだ冷え込む日が少なくて見頃にはもう少しというところでしたが、所々に名所の片鱗をのぞかせておりました。ここでも1時間散策。さすがに腹が減ってきた。いよいよ楽しみな昼ご飯は、智恩院脇の中村楼。名物の田楽弁当をいただきました。
ちょうどその2日後にブッシュ米大統領を迎えるということで、京都市内は警戒の検問などもあって結構込み合っておりました。京都駅で解散したのは午後3時過ぎ。そこから思い思いに西へ東へ。お疲れ様でした。またいつか集まれるといいですね。いや、集まりましょう。その意志さえあれば、きっとまたできる。
まだまだたくさんの写真を貼り付けておきたいのですが、ページを開くのが重くなってしまうので、このくらいにしておきます。柿本美代子さんのサーバーにしばらくは全部の写真を入れてくれていますので、是非見て見てください。
→ http://hpc-net.co.jp/kakimoto/20051112/pict0000.html
ほしい写真があったら、早めにダウンロードしておくようにしてください。
今回参加したのは、以下の皆さんでした。(たぶん??)
日時: 2005年11月12日(土)〜13(日) 場所: 滋賀県 琵琶湖畔「湯元館」 参加者: (57人) 1組 板岡宏治、伊藤正史、栄花芳典、広中登志治、 村上章二、吉原史治、丸川(吉浦)直美 2組 井上健一郎、神原稔、佐藤哲士、島谷雅、 福島輝美、三宅明人、柿本美代子、前田(古藤) 晴美、岡田(坂本)幸子、広川(永井)雅子 3組 小坂昇、佐々木伸考、坂井睦朗、 石井(大垣)和枝、山田(佐坂)玲子 4組 柿原剛、後藤睦男、坡山一憲、藤井秀人 5組 内海(皿海)清司、堤(山田)幸江 6組 馬野育次、千葉秀俊、今富(浅野)仁美、中山 (北川)泉、高橋(福岡)宏子、松本(三山)玲子、 森(村上)芳子 7組 亀井且有、島田(田築)斉、高橋一則、西谷隆志、 佐藤(池田)幸子、田中(池原)いずみ、伊藤(小林) 秀子、岡田(新良貴)敬子、松本(土肥)郁子、 豊田洋子 8組 小畠育範、古志晃章、塩出雅邦、中根洋一、 広田哲郎 9組 有宗政和、石井正朗、小林義和、小丸一史、 新長恭英、三谷(中川)和子、甲田(松井)美香 |
P.S. 管理人のつぶやき
直前の参加断念あり、前日の「わしも行くけぇ」ありと皆大変でしたが、蓋を開けてみると、参加予定者は全員、しっかり現れましたね。さすが誠之館の同期たち、たいしたもんです。結局のところ、ひとりひとりが主役。だれが欠けても、今回の楽しい旅行は成立しなかった。今更言わずもがなですが、こういうことはとにかく参加した者勝ち、やったもん勝ちです。
小生自身のことを言うと、関東地区の連絡係という格好で計画の比較的早い時期からサポーターとして関わらせてもらったおかげで、単に旅行に行くだけというのとは一味二味ちがう、プロジェクトXを身近に体感できました。
それにしても、幹事の皆様は大変だったと思います。幹事任命の儀式があったわけではないし、そもそも誰に頼まれたわけでもなく、単に言い出しっぺというだけのことで、ほんとに始めてしまい、とうとうここまでやり遂げてしまったのだから。それだけに「北京の西谷君や、シンガポールの章二君ら遠くの人たちが、早くから『自費でも必ず参加する』と意思表示してくれたりしたのがとても励みになった。」という言葉には重みがあります。動く人がいれば、反応する人あり。しっかり言葉を返す人あり。せっかくこれだけの同期のネットワークがあるのだから、生かさなければいけないね、生かせば結構なことができるね、と感じた次第。
幹事の皆様、本当にありがとうございました。参加の皆様、お疲れ様でした。そして今回涙を飲んだ皆様、次回は必ずお目にかかりましょう。
●第25回東京同窓会 & 2次会(49卒同期会)
東京同窓会総会は昨年に続いて9月の開催となりました。会場も、何年ぶりかで椿山荘を離れて新たなところを探そうということになり、当初は大久保駅前のホテル海洋でと決まっていたようなのですが、突発事態なども生じて急遽池袋のサンシャイン・プリンスに変更したとか。同窓会準備は、今年もいろいろあったようです。それでも、和洋中をとり混ぜたコース料理を楽しませてくれたり、テレビ放映された阿部正弘公の業績を紹介する番組のビデオを見せてくれたり、スタート時刻を早めの午後3時に設定してくれたりと、いろいろ工夫して楽しく過ごさせてもらいました。
我が49年卒ですが、11月には福山と合同の琵琶湖旅行も控えているので今年は少なめでもしょうがないかな、と思っておりましたが、昨年を上回る13人の参加となりました。前後の学年の様子を見ていると、幹事年度をピークに徐々に減ってしまうのはマア仕方がないようですが、ホントお祭り好きなんじゃねぇ、我が同期は。
最後に、恒例の実行学年(52年卒)から来年幹事(53年卒)への同窓会旗の引継ぎが行われました。53年卒の諸君も20人余りの同期生達がステージ上に駆け登って、意気が上がっていました(懐かしいです)。しかし次期実行委員長の決意表明でも触れていたように、東京同窓会としてはいよいよ名簿記載の人数自体が急減する難しい時期にさしかかってきます。来賓諸氏のスピーチでは、残念なことですが未だに、行政の所為の結果として低迷せざるを得なかった一時期と対比する形でここ数年の傾向を慶賀するトーンが聞かれます。確かに、母校の良い話しを聞けばまんざらではない気もするけれど、同窓会は学校経営の評議委員会ではないのだし、同じ母校に学んだ者同士が折に触れ一同に会し共通の時間を過ごすというのが理想であるなら、本当に残念でなりません。我々が実行学年を務めたときにもそういう問題意識を持って臨んだのでしたが、結局ほとんど成果をあげられなかった立場として、軽々しく批判めいたことは言えないわけですが、えらい方たちににはこの感覚を共有してほしいと思います。
同窓会は、予定どおり6時にお開き。表は薄暮、しかもまだまだ汗ばむ陽気です。そして今年も2次会は本郷「朝日館」。会場探しに右往左往しなくても良いというのは本当に助かる(北京の西谷君、ありがとう!!)。
1次会だけで帰った人が1人、予定どおり2次会からという人が1人、同窓会から参加の予定がすっかリ忘れていて、電話呼び出しに慌てて2次会に現れたのが1人(ちなみに2組の佐藤哲士)、電話も通じず???だったのが1人(やはり2組の某)。ということで、ややこじんまり14人の同期会でしたが、1年の骨休めでしたね。
しかし今年は11月の旅行もあるし、実は家族対策が結構大変なのです。かく言う管理人の小生も今年ばかりは終電タイムにあわせて「お先に」となりました。泊まった7人は、せいぜい家族孝行せぇよ!!
今回参加されたのは以下の人達でした。来年も、是非集まりましょう。
1組 2組 柿本美代子、佐藤哲士、島谷雅、井上健一郎、 福島輝美、三宅明人 3組 三島(浜保)知子、門田廣夫、小坂昇 4組 岡本(種本)久子 5組 6組 中山(北川)泉、松本(三山)玲子 7組 8組 古志晃章 9組 富山(大畑)洋美、小丸一史 |